
福井県のみならず、日本の歴史に残る総理大臣といえば岡田啓介です。
岡田 啓介は日本の軍人、政治家、海軍大将で第31代内閣総理大臣です。
1868年(慶応4年)福井藩士・岡田喜藤太と妻はるの長男として生まれ、1884年(明治17年)9月、旧制福井中学(のち藤島高校)を卒業しました。
翌1885年(明治18年)1月に上京し、一時上級学校進学のために須田学舎や共立学校などの受験予備校に在籍したが、学資の援助を受けていたことを心苦しいと感じ、学費が掛からないところとして師範学校系か陸海軍系学校の受験を決意し、陸士受験に志望変更しました。
陸士受験に必須であったドイツ語を学ぶため、当時陸士の予備校であった陸軍有斐学校に入学しましたが、12月1日、結局は海軍兵学校に入校した。
1889年(明治22年)海兵(第15期)を卒業し、同期には小栗孝三郎、竹下勇、財部彪らがいました。
1923年(大正12年)海軍次官、1924年(大正13年)連合艦隊司令長官、1932年(昭和7年)海軍大臣となります。
ロンドン海軍軍縮会議の日本代表の一員として会議に臨みアメリカ・イギリスと条約を締結、「軍拡による米英との戦争は避け、国力の充実に努めるべし」という主張を通しました。
1934年(昭和9年)、元老西園寺公望の推奏により組閣の大命降下、内閣総理大臣となり、その後の日本を大きく動かしました。