
福井県の歴史であげられる有名な人物といえば杉田玄白です。
杉田 玄白は、江戸時代の蘭学医で若狭国小浜藩医でした。
明和2年(1765年)には藩の奥医師となり、同年オランダ商館長やオランダ通詞らの一行が江戸へ参府した際、玄白は源内らと一行の滞在する長崎屋を訪問しました。
通詞の西善三郎からオランダ語学習の困難さを諭され、玄白はオランダ語習得を断念しています。
明和6年(1769年)には父の玄甫が死去したため、家督と侍医の職を継ぎ、新大橋の中屋敷へ詰めました。
明和8年(1771年)、自身の回想録である「蘭学事始」によれば、中川淳庵がオランダ商館院から借りたオランダ語医学書「ターヘル・アナトミア」をもって玄白のもとを訪れます。
玄白はオランダ語の本文は読めなかったものの、図版の精密な解剖図に驚き、藩に相談してこれを購入しました。_
偶然にも長崎から同じ医学書を持ち帰った前野良沢や、中川淳庵らとともに小塚原刑場で死体の腑分けを実見し、解剖図の正確さに感嘆し、玄白らは「ターヘル・アナトミア」を和訳し、安永3年(1774年)に「解体新書」として刊行するに至りました。